みなさんは、「神さま」に、どんなイメージを持っていますか?
…白い髭で杖をついたおじいさん、…スーパーマンみたいな人、…七色のきれいな蝶々、…美しい女の人、…太陽、…宇宙そのもの、…などなど、いろんな神さまのイメージがあるでしょうね。
または、こんな意見を言う人もいるでしょう。
「この世界に、『神』なんかいないよ。 だって、科学で『神はいる』って、誰も証明してないじゃないか。そんな誰も証明できない、目に見えないものの存在を、まともに信じる気にはなれないよ。」
「もし、この世界に『神さま』がいるなら、どうして戦争や飢えで、罪もないのに死んでしまう子供たちを、そのまま放っておくのかが分かりません。 神さまがいるなら、そういう不幸な人を、どうして助けないの? だから私は、きっとこの世の中には、神なんかいないんだと思います。」

確かに、神は、人間の目には見えません。
そうとう霊界で高い位置にいる高級霊や天使でも、「神を見ることはない」そうです。 なぜそれが分かるかと言うと、シルバーバーチさんという超高級霊の一人が、「わたしもまだ、神を見たことはありません」…と、証言しているからです。
(★このサイトの内容は、主に、このシルバーバーチさんが教えてくれたことを中心に、書かれています。シルバーバーチさんについては、後でまたくわしく紹介しますネ★)
「神」を見たことはなくても、霊界に住む霊たちは、誰もが神がいることを信じて疑わないそうです。
なぜなら、姿は見えなくても、神の力が、ありとあらゆるところに働いていることを、霊たちは実感できるからです。

しかし人間は、肉体をともなって生きているため、どうしても、その肉体に頼ってしまいます。 ですから、その肉体の目で見えたり、耳で聞こえたりするものにしか、実感が持てないし、認めることができません。 まあ、それは無理もないことです。
コラム3…人間の目や耳や鼻には限界がある

人間は、とても困った時に、「神さま、お願い、助けて!」、と祈ります。 「神なんか信じてないよ」、と普段は言っている人でも、本当に苦しい目にあうと、自然と、「神さま」、と祈ります。
さらに人間は、自分に都合がよくなるように、こうして下さい、ああして下さい、と祈ることもします。 「こんどのサッカーの試合で勝たせて下さい」、とか、「お金持ちにして下さい」、「好きな人と両思いにさせて下さい」、いろんなお願いをします。
そしてその祈りや願いがかなえられれば、「やっぱり神さまはいた」、と言い、かなえられなければ、「神さまなんかいない」、と言います。

でも、よく考えてみて下さい。
みなさんを育てているおうちの人や、学校の先生達だって、みなさんが「こうして欲しい」と願うことを、すべて聞いてはくれませんよね? それは、なぜだか分かりますか? 分かりますよね。 みなさんにとって「いやだなぁ」と思えるようなことでも、(たとえば「勉強の宿題やテスト」を思い浮かべてみましょうか!)、それは、みなさんがちゃんとした大人に成長するためには、必要なものですよね。 今のみなさんには「いやな」ものでも、それは「必要なもの」、つまり、「いいもの」だから、「しっかりやりなさい」と言って、やらされるわけです。
人間にとっての苦しみも、簡単に言うならば、みなさんにとっての宿題やテストと同じです。 その苦しみが、その人のために必要なものなら、どんなに祈っても、取りのぞかれて無しになることはありません。 宿題やテストが無くならないのと同じです。
現実には、この世の人生の苦しみは、学校の宿題やテストとは比べものにならないほど辛くて悲しいことも多くありますが、その苦難が、霊としてのその人が成長するために、とても「必要」で「いいもの」である場合は、それを無くしてしまうことは、かえってその人のためにならないことがあるのです。

少しまとめてみましょう。
神は、目で見えたり、耳に聞こえたりするものではありません。
神は、人間の祈りや願いごとを、なんでも聞きいれてはくれません。
それでは、神とは、何なんでしょうか?
「神」とは
神は、無限の存在です。
神は、人間ではありません。
神は、この大宇宙を創り、ひとつの狂いもなく動かしている、その決まり、法則のオオモトです。
この宇宙のもので、神が創らなかったものは、何一つありません。
神の創った法則通りに動いていないものも、一つもありません。
無限の存在である神は、自分が創った、この世のすべてのものに、無限の愛をそそぎ、その愛で包みこんでいます。

ちょっと理解するのは難しいかもしれませんが、「神」という、目に見えない存在について分かることは、これは大人にも難しいことで、霊界の霊であっても、未熟な霊には、やはりなかなか理解できないものなのです。
ですから、「神」のことがよくわからない…と言って、がっかりすることはありません。
むしろ、「私は『神』を見た」とか、「神と話をした」などという人がいたら、その人は、まちがいなく嘘つきでしょう。
神とは、そんなに簡単に見えたり、話せたりするものではないのに、世の中には、自分のことを「神」だと言ったり、「神」と話せる…などと、まことしやかに宣伝して、宗教団体を作り、信者に自分を拝ませている人もいます。
「神」が人間と話したり、ましてや人間になって生まれてくることなど、絶対にありません。
こうした宗教は、それを広めている人や信じている人にたとえ悪気はなくても、すべてインチキだと思って、まちがいありません。
コラム4…ニセの神を語る宗教を警戒しよう
みなさんへのメッセージ…「占い・心霊ブーム」と「人生の目的」
私たちは、ただ、宇宙の素晴らしい法則や、大自然の働きを見ることで、そこから、「神」を感じればよいのです。
たとえば夜空に広がる星の美しさはどうでしょうか?
あのような広大な宇宙が、はたしてただの偶然でできあがるものでしょうか?
一所懸命に巣穴にエサを運ぶアリを見てごらんなさい。
こんなに小さいのに、なんという完璧な知恵を身につけて、この自然の中で生きていることでしょうか。
そして、あなた自身の手も見てみましょうか。
その手であなたができることは、なんと多いことでしょうか。 でも、その手はあなたの手ですが、あなたが作ったものですか?
そうです。 わたしたちは、神の無限の法則と愛の中で、たくさんのものを与えてもらい、生かされています。
わたしたちの肉体は、神から与えられたものです。
わたしたちの霊魂もまた、神から与えられたものです。
神はけっして見えたり話せたりする相手ではありませんが、その神がつくったものは、この世にたくさんあります。 いえいえ、この世のすべてものは、神がつくったものなんです。
そのすばらしさを、ぜひ感じてください。
感じることが大切です。